香水3
「これ」の続き。まさかのゴゴ視点→リルム視点。ゴゴがよく喋ります。完が見えねえよ
セリスが放った言葉をいち早く理解したのは、意外にもリルムだった。握り締めた小さな拳がわなわなと震えている。それは怯えているようにも見えたが、俺には「疑念が確信に変わり歓喜している」ように見えた。そういえばリルムとシャドウはどこか似ている。
潜めるような歩き方。思考する際に腕を組む癖。食器を持ち上げる時の力加減。椅子を引くときの仕草。なるほど、親子ならば腑に落ちる。女だということは薄々感じていたが、しかしまさかセリスが打ち明けるとは思わなかった。徹底して体型を誤魔化し、極力誰かと密接しないように線引きを行っていたシャドウが、今になって性別をバラすわけがない。
いや、そもそも。
女だろうと男だろうと「シャドウが逃げ遅れる」わけがない。
体力は男性陣に比べて低めだが(それにしたって女性陣より圧倒的に高い)猫のようにしなやかで素早い身のこなしを持っているシャドウただ1人が、瓦礫の塔に取り残されるはずがないのだ。むしろ、その気になれば誰よりも早く塔から脱出し、何食わぬ顔で飛空艇に乗り込んでいてもなんらおかしくない。それなのに負傷までしてエドガーに抱えられ戻ってくるのは妙だ。
バタンッ!と扉を乱暴に開閉する音と、子供の走る音が俺の思考を遮った。リルムだ。ストラゴスが追いかける。一拍置いてセリスもリルムとストラゴスを追いかけた。
気付けば俺は声を出していた。
「シャドウが逃げ遅れる筈がない」
「・・・ゴゴ?」
「ここにいる全員がそう思っているはずだ」
言いながら開け放された扉を閉めてから、扉に背中を預け全員を見渡す。それぞれ思っていたのか、互いに視線を交わしていた。
「そうは思わなくても、違和感を覚えたやつがほとんどだ。そうだろう」
「何が言いたんだよ」
まどろっこしいのは苦手らしいロックが、眉根を寄せて静かに言った。
「――シャドウを助け出して本当によかったのか。ということだ」
そもそも前提がおかしい。怪我をしている。意識がない。それをエドガーが連れ出した。これまでのシャドウの行動を考えればそれはおかしいのだ。シャドウは確かに総合的なステータスは低い。だが、その分回避率は高く、そのおかげか視野も広いためよく気がつく。愛想は悪いが親切な男――いや、女だ。
先程も考えたが、やはり妙なのだ。そんな人間が逃げ遅れる筈がない。そんな状況を作り出すこと自体が難しい。ならばなぜ。答えは簡単だ。
「死のうとしたのを、止めてしまったんじゃないか」
奴は自分の人生に終止符を打とうとしたんじゃないか。
■
「ばかじゃないの」
ベッドに横たわる女。いつもは真っ黒なのに、その顔色はゾッとするほど白い。聞き覚えがある。形の整った唇から溢れる小さな笑い声を。見覚えがある。その眼差しが暖かな色を持つのを。怪我を避けて首に腕を絡めて抱きついた。
「・・・ばかじゃないの」
二度も娘を捨てようとしたの。一人で全部終わりにしようとしたの。パパのお墓参りには来ないの。何故自分の正体をずっと隠していたの。ばかよ。ばかだわ。私あなたの娘なのよ。
「う、・・・」
女がうめき声をあげた。私は絡めていた腕を離し、様子を見守る。彼女は暫く瞬きを繰り返して、緩慢な動きで上体を起こした。と、怪我が障ったのか眉根を寄せる。
「あんまり動かない方がいいわよ」
「・・・・・・!?」
漸く自分の顔を覆う覆面が無い事に気付いたのか、彼女は私を見てサッと顔を青褪めた。
「リルム、」
「全部気付いてるのよ。・・・ママ」
「やめてくれ」
「なんで」
「資格がない」
「私のママである事に資格なんか必要ないでしょ」
そう言うと、彼女は痛みでも感じているかのように――実際怪我をしているのだから当然だが――顔をしかめた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「お前が、私の娘であることは、・・・とても、不幸なことだ」
「なんでよ」
「私は暗殺者で、どこで育ったかもわからない。ロクな人生を送らなかった。・・・それに」
そこまで喋って彼女は口を噤み顔を俯かせた。なによ。なによ。なんなのよ。自分勝手すぎるんじゃないの。ふつふつと自分の母親に怒りが沸き起こった。
「ばかじゃないの。リルムにはもうママとお爺ちゃんしかいない。逆に言えばね、リルムにはママとお爺ちゃんがいる。じゃあママは?ママには誰もいないの?おかしいんじゃない、それ。ママはリルムに母親がいないことが幸福だって本当にそう思っているの?」
言葉がまとまらず支離滅裂になってしまう。感情的になればなるほど、頭で考えていることより先に口が動く。
「パパはママが出て行ったあとに死んだよ。病気だよ。ぽっくり死んだよ。最期までママの事考えてたよ。パパはばかだね、だってママはパパのこと愛してなかったんだもんね」
「それは」
「違わない。リルムのママの資格がないママはパパの奥さんである資格もないんだもん。・・・ねえ、リルムにはもう血の繋がった家族はママしかいないんだよ。勝手に一人で死なないでよ。リルムを捨てないでよ。パパのお墓参りして、パパのこと愛してるって言ってよ」
「リルムはあなたの娘なんだよ」
最後に放った言葉は、涙でぐしゃぐしゃになってしまった。きっと私の顔はもっと酷いことになっているんだろう。鼻水を啜って溢れ出た涙を腕でゴシゴシと拭う。認めないママが悪いんだ。リルムは悪くないんだもん。しゃくり上げる。ママが私を認めなかったらどうすればいいだろう。ストラゴスに泣きつこうか。それとも死んでやる!と叫んでママごとファルコンから飛び降りようか。
泣き喚く自分を冷静に見る自分がいた。涙で視界がよく見渡せなかったが、しかしママが動いたことは布の擦れる音で分かった。何をするんだろう、と思っていると、ふわりと目の前が黒で覆われた。泣き声を止めて見上げると、ママの顔が目前に迫っていることに気付く。トントン、と背中を優しく叩かれ、自分は抱きしめられているのか、と冷静に呟く自分がいた。
「・・・・・・すまない」
「・・・どう言う意味のごめんなさいなの」
「・・・お前の気持ちを考えなかったこと。一人で決めたこと。お前に、あんなことを言わせたこと」
規則正しく秒を刻む心臓の音。その音と同じように背中を優しく叩かれる。ママの声音は、シャドウとしてのママとは比べ物にならないくらい優しい。そうか、ママはシャドウだし、シャドウはママなんだ。当たり前のことなのに自覚できていなかった。
「ねえ、なんで死のうとしたの」
「・・・墓参りに行かなければな」
答えにはなっていなかったが、言及出来なかった。私は泣き疲れて眠ってしまったからだ。
セリスが放った言葉をいち早く理解したのは、意外にもリルムだった。握り締めた小さな拳がわなわなと震えている。それは怯えているようにも見えたが、俺には「疑念が確信に変わり歓喜している」ように見えた。そういえばリルムとシャドウはどこか似ている。
潜めるような歩き方。思考する際に腕を組む癖。食器を持ち上げる時の力加減。椅子を引くときの仕草。なるほど、親子ならば腑に落ちる。女だということは薄々感じていたが、しかしまさかセリスが打ち明けるとは思わなかった。徹底して体型を誤魔化し、極力誰かと密接しないように線引きを行っていたシャドウが、今になって性別をバラすわけがない。
いや、そもそも。
女だろうと男だろうと「シャドウが逃げ遅れる」わけがない。
体力は男性陣に比べて低めだが(それにしたって女性陣より圧倒的に高い)猫のようにしなやかで素早い身のこなしを持っているシャドウただ1人が、瓦礫の塔に取り残されるはずがないのだ。むしろ、その気になれば誰よりも早く塔から脱出し、何食わぬ顔で飛空艇に乗り込んでいてもなんらおかしくない。それなのに負傷までしてエドガーに抱えられ戻ってくるのは妙だ。
バタンッ!と扉を乱暴に開閉する音と、子供の走る音が俺の思考を遮った。リルムだ。ストラゴスが追いかける。一拍置いてセリスもリルムとストラゴスを追いかけた。
気付けば俺は声を出していた。
「シャドウが逃げ遅れる筈がない」
「・・・ゴゴ?」
「ここにいる全員がそう思っているはずだ」
言いながら開け放された扉を閉めてから、扉に背中を預け全員を見渡す。それぞれ思っていたのか、互いに視線を交わしていた。
「そうは思わなくても、違和感を覚えたやつがほとんどだ。そうだろう」
「何が言いたんだよ」
まどろっこしいのは苦手らしいロックが、眉根を寄せて静かに言った。
「――シャドウを助け出して本当によかったのか。ということだ」
そもそも前提がおかしい。怪我をしている。意識がない。それをエドガーが連れ出した。これまでのシャドウの行動を考えればそれはおかしいのだ。シャドウは確かに総合的なステータスは低い。だが、その分回避率は高く、そのおかげか視野も広いためよく気がつく。愛想は悪いが親切な男――いや、女だ。
先程も考えたが、やはり妙なのだ。そんな人間が逃げ遅れる筈がない。そんな状況を作り出すこと自体が難しい。ならばなぜ。答えは簡単だ。
「死のうとしたのを、止めてしまったんじゃないか」
奴は自分の人生に終止符を打とうとしたんじゃないか。
■
「ばかじゃないの」
ベッドに横たわる女。いつもは真っ黒なのに、その顔色はゾッとするほど白い。聞き覚えがある。形の整った唇から溢れる小さな笑い声を。見覚えがある。その眼差しが暖かな色を持つのを。怪我を避けて首に腕を絡めて抱きついた。
「・・・ばかじゃないの」
二度も娘を捨てようとしたの。一人で全部終わりにしようとしたの。パパのお墓参りには来ないの。何故自分の正体をずっと隠していたの。ばかよ。ばかだわ。私あなたの娘なのよ。
「う、・・・」
女がうめき声をあげた。私は絡めていた腕を離し、様子を見守る。彼女は暫く瞬きを繰り返して、緩慢な動きで上体を起こした。と、怪我が障ったのか眉根を寄せる。
「あんまり動かない方がいいわよ」
「・・・・・・!?」
漸く自分の顔を覆う覆面が無い事に気付いたのか、彼女は私を見てサッと顔を青褪めた。
「リルム、」
「全部気付いてるのよ。・・・ママ」
「やめてくれ」
「なんで」
「資格がない」
「私のママである事に資格なんか必要ないでしょ」
そう言うと、彼女は痛みでも感じているかのように――実際怪我をしているのだから当然だが――顔をしかめた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「お前が、私の娘であることは、・・・とても、不幸なことだ」
「なんでよ」
「私は暗殺者で、どこで育ったかもわからない。ロクな人生を送らなかった。・・・それに」
そこまで喋って彼女は口を噤み顔を俯かせた。なによ。なによ。なんなのよ。自分勝手すぎるんじゃないの。ふつふつと自分の母親に怒りが沸き起こった。
「ばかじゃないの。リルムにはもうママとお爺ちゃんしかいない。逆に言えばね、リルムにはママとお爺ちゃんがいる。じゃあママは?ママには誰もいないの?おかしいんじゃない、それ。ママはリルムに母親がいないことが幸福だって本当にそう思っているの?」
言葉がまとまらず支離滅裂になってしまう。感情的になればなるほど、頭で考えていることより先に口が動く。
「パパはママが出て行ったあとに死んだよ。病気だよ。ぽっくり死んだよ。最期までママの事考えてたよ。パパはばかだね、だってママはパパのこと愛してなかったんだもんね」
「それは」
「違わない。リルムのママの資格がないママはパパの奥さんである資格もないんだもん。・・・ねえ、リルムにはもう血の繋がった家族はママしかいないんだよ。勝手に一人で死なないでよ。リルムを捨てないでよ。パパのお墓参りして、パパのこと愛してるって言ってよ」
「リルムはあなたの娘なんだよ」
最後に放った言葉は、涙でぐしゃぐしゃになってしまった。きっと私の顔はもっと酷いことになっているんだろう。鼻水を啜って溢れ出た涙を腕でゴシゴシと拭う。認めないママが悪いんだ。リルムは悪くないんだもん。しゃくり上げる。ママが私を認めなかったらどうすればいいだろう。ストラゴスに泣きつこうか。それとも死んでやる!と叫んでママごとファルコンから飛び降りようか。
泣き喚く自分を冷静に見る自分がいた。涙で視界がよく見渡せなかったが、しかしママが動いたことは布の擦れる音で分かった。何をするんだろう、と思っていると、ふわりと目の前が黒で覆われた。泣き声を止めて見上げると、ママの顔が目前に迫っていることに気付く。トントン、と背中を優しく叩かれ、自分は抱きしめられているのか、と冷静に呟く自分がいた。
「・・・・・・すまない」
「・・・どう言う意味のごめんなさいなの」
「・・・お前の気持ちを考えなかったこと。一人で決めたこと。お前に、あんなことを言わせたこと」
規則正しく秒を刻む心臓の音。その音と同じように背中を優しく叩かれる。ママの声音は、シャドウとしてのママとは比べ物にならないくらい優しい。そうか、ママはシャドウだし、シャドウはママなんだ。当たり前のことなのに自覚できていなかった。
「ねえ、なんで死のうとしたの」
「・・・墓参りに行かなければな」
答えにはなっていなかったが、言及出来なかった。私は泣き疲れて眠ってしまったからだ。
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