ビリー
生存ビリー。シャドウ妻(仮名:ボニー)捏造&火災表現注意。ストラゴスとリルムパーティー加入時のお話
キィ、と先ほどリルムとインターセプターが出ていった扉がまた開いた。一同が扉を見ると、そこには長身の男が立っていた。左目に眼帯をつけ、ぴょんぴょんと跳ねた銀髪と意地の悪そうに釣り上がった右目は、平和な村サマサには不似合いだ。ストラゴスが少し意外そうに言った。
「どうしたんじゃ、ボニー」
「・・・」
ボニーと呼ばれた男は何も言わず背後を指差し、それから口元で手を開閉させる。最後に指を立てて唇に当て、小首をかしげた。
「ああ、リルムには何も伝えんでくれ」
「・・・」
ストラゴスの言葉にボニーは、やはり何も言わずこっくりと頷き、それから――なぜかシャドウを一瞥して微笑んだ。シャドウは何も言わなかったが、ティナにはそれが怯えているように見えた。ボニーが扉の向こうに消えると、ロックがすかさず尋ねた。
「さっきの人は?」
「リルムの父親じゃよ。昔大怪我を負ったせいで声が出ないんじゃが、まぁ愛想の良い男じゃ」
「・・・確かに、シャドウよりは話しかけやすそうだったな」
嫌味混じりに頷いたが、シャドウは何も言わない。ロックが話を戻した。
■
怪しげな男たちを泊めたのが運の尽きだった。やはり突き返すんだったと後悔する。轟轟と燃え盛る炎の海。灰色の煙が空高く立ち上る。クライドは魔法が使えない。サマサの住民は、最初こそ渋っていたが妻のボニーと娘のリルムが残っている言うと最終的に重い腰を上げ消火活動を行ってくれている。クライドもそこに参加したかった。もどかしい気持ちでいっぱいだった。
しかし、クライドは魔法が使えない。――待ちきれず家の中に飛び込んだ時、妻の友人であるストラゴスが大声を張り上げて「やめろ」と言った。クライドは聞こえないふりをした。あまりに強い熱で溶けてしまいそうだったが、妻と娘がいると思うとそんな思いは吹き飛んでしまう。
リビング。台所。風呂場。トイレ。階段を上って、子供部屋。寝室――いた。リルムに覆いかぶさるように倒れる妻の姿。炎の海がそれを邪魔する。熱さも忘れてクライドは滅茶苦茶に飛び込み、ボニーごとリルムを抱き上げて二階の窓から出た。妻が生きているか、娘が生きているかは、気にしなかった。
結果を言えば、妻は既に亡くなっていた。火傷の痕跡はあまりなかったが、死亡原因は有毒な煙を多量に吸い込んだためだろう、と医者は言った。娘は――ほとんど虫の息だったが生きていた。妻が覆いかぶさっていたため、煙を吸わずに済んだらしい。それにしても無呼吸のようなものだったから、消火を待っていたら亡くなっていただろう、君だって大きな火傷をしたのによく助け出せたな。そう医者に褒められたが、クライドは全くと言っていいほど喜べなかった。
顔色を取り戻し、すやすやと眠る娘を愛おしいとは思う。だがやはり、間に合わなかったという思いは捨てきれない。もっと早くに覚悟を決めていれば、妻のボニーは助かったかもしれないのに。クライドは娘の寝顔を見つめながら、静かに泣いた。
■
火災だ。炎の海。灰色の煙。背中に残った火傷の痕が疼く。インターセプターはいなかった。住民が魔法を使っている。あの日と同じだ。住民の誰かが、「まだリルムが中に」と言った。クライドは、妻を亡くした日と同じように燃え盛る屋敷に飛び込んだ。
「・・・」
それを静かに、男――ボニーが見ていた。赤い炎の光で青白い肌が照らされる。ボニーもまた、魔法など使えなかった。当然だ。ボニーはサマサの住民ではないのだから。
■
翌日。ストラゴスはとうとう、サマサの秘密を明かした。住民全員が魔法使える理由を。最後にストラゴスが「幻獣探しを手伝う」と告げると、リルムと――それから、ボニーも手伝うと言った。ボニーの場合は文字に書いてだったがしかし、ストラゴスは即座にかぶりを振った。
「リルムはともかく、ボニー。お前さんはまだ体が不自由じゃ」
「・・・」
無言で頬を膨らませる。リルムが「じじいのせいでボニー拗ねちゃったよ」と同じように頬を膨らませる。全く同じの仕草だったが、違和感を覚えたロックが聞いた。
「リルム、実の父親を名前呼びするのか?」
「・・・?ボニーはリルムのパパじゃないよ」
「あ!あー!いや、これはー、その!」
ストラゴスが慌てたように両手をバタバタさせていたが、やがて諦めたように深く息を吐いた。
「・・・どういうことだ」
ティナは驚いた。問いただしたのがロックではなくシャドウだったためだ。ストラゴスは悲しげな瞳でシャドウを見つめ返し、こう言った。
「ボニーはリルムの母親の兄なんじゃ・・・」
「・・・」
ボニーは少し思案するような仕草をして、懐から一枚の写真を取り出した。そう年は離れていない男女が写っている。片方はボニー。そしてもう片方は、癖のある銀髪を腰まで伸ばし、意地の悪そうに釣り上がった瞳を笑みで細める女性――これがおそらくボニーの妹で、リルムの母親なのだろう。どことなく雰囲気がボニーとリルムに似ていた。
「じゃあ、もしかして・・・」
「?なんだよティナ」
「・・・ボニーって、女の人みたいな名前だったから」
「そうじゃ。ボニーはリルムの母親の名前じゃ。そして本名は、」
ボニーが唇を動かした。ストラゴスの声と重なったそれは――『ビリー』だった。
「ビリー」
シャドウが呟くが、その声はあまりに小さく、誰も拾わなかった。
キィ、と先ほどリルムとインターセプターが出ていった扉がまた開いた。一同が扉を見ると、そこには長身の男が立っていた。左目に眼帯をつけ、ぴょんぴょんと跳ねた銀髪と意地の悪そうに釣り上がった右目は、平和な村サマサには不似合いだ。ストラゴスが少し意外そうに言った。
「どうしたんじゃ、ボニー」
「・・・」
ボニーと呼ばれた男は何も言わず背後を指差し、それから口元で手を開閉させる。最後に指を立てて唇に当て、小首をかしげた。
「ああ、リルムには何も伝えんでくれ」
「・・・」
ストラゴスの言葉にボニーは、やはり何も言わずこっくりと頷き、それから――なぜかシャドウを一瞥して微笑んだ。シャドウは何も言わなかったが、ティナにはそれが怯えているように見えた。ボニーが扉の向こうに消えると、ロックがすかさず尋ねた。
「さっきの人は?」
「リルムの父親じゃよ。昔大怪我を負ったせいで声が出ないんじゃが、まぁ愛想の良い男じゃ」
「・・・確かに、シャドウよりは話しかけやすそうだったな」
嫌味混じりに頷いたが、シャドウは何も言わない。ロックが話を戻した。
■
怪しげな男たちを泊めたのが運の尽きだった。やはり突き返すんだったと後悔する。轟轟と燃え盛る炎の海。灰色の煙が空高く立ち上る。クライドは魔法が使えない。サマサの住民は、最初こそ渋っていたが妻のボニーと娘のリルムが残っている言うと最終的に重い腰を上げ消火活動を行ってくれている。クライドもそこに参加したかった。もどかしい気持ちでいっぱいだった。
しかし、クライドは魔法が使えない。――待ちきれず家の中に飛び込んだ時、妻の友人であるストラゴスが大声を張り上げて「やめろ」と言った。クライドは聞こえないふりをした。あまりに強い熱で溶けてしまいそうだったが、妻と娘がいると思うとそんな思いは吹き飛んでしまう。
リビング。台所。風呂場。トイレ。階段を上って、子供部屋。寝室――いた。リルムに覆いかぶさるように倒れる妻の姿。炎の海がそれを邪魔する。熱さも忘れてクライドは滅茶苦茶に飛び込み、ボニーごとリルムを抱き上げて二階の窓から出た。妻が生きているか、娘が生きているかは、気にしなかった。
結果を言えば、妻は既に亡くなっていた。火傷の痕跡はあまりなかったが、死亡原因は有毒な煙を多量に吸い込んだためだろう、と医者は言った。娘は――ほとんど虫の息だったが生きていた。妻が覆いかぶさっていたため、煙を吸わずに済んだらしい。それにしても無呼吸のようなものだったから、消火を待っていたら亡くなっていただろう、君だって大きな火傷をしたのによく助け出せたな。そう医者に褒められたが、クライドは全くと言っていいほど喜べなかった。
顔色を取り戻し、すやすやと眠る娘を愛おしいとは思う。だがやはり、間に合わなかったという思いは捨てきれない。もっと早くに覚悟を決めていれば、妻のボニーは助かったかもしれないのに。クライドは娘の寝顔を見つめながら、静かに泣いた。
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火災だ。炎の海。灰色の煙。背中に残った火傷の痕が疼く。インターセプターはいなかった。住民が魔法を使っている。あの日と同じだ。住民の誰かが、「まだリルムが中に」と言った。クライドは、妻を亡くした日と同じように燃え盛る屋敷に飛び込んだ。
「・・・」
それを静かに、男――ボニーが見ていた。赤い炎の光で青白い肌が照らされる。ボニーもまた、魔法など使えなかった。当然だ。ボニーはサマサの住民ではないのだから。
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翌日。ストラゴスはとうとう、サマサの秘密を明かした。住民全員が魔法使える理由を。最後にストラゴスが「幻獣探しを手伝う」と告げると、リルムと――それから、ボニーも手伝うと言った。ボニーの場合は文字に書いてだったがしかし、ストラゴスは即座にかぶりを振った。
「リルムはともかく、ボニー。お前さんはまだ体が不自由じゃ」
「・・・」
無言で頬を膨らませる。リルムが「じじいのせいでボニー拗ねちゃったよ」と同じように頬を膨らませる。全く同じの仕草だったが、違和感を覚えたロックが聞いた。
「リルム、実の父親を名前呼びするのか?」
「・・・?ボニーはリルムのパパじゃないよ」
「あ!あー!いや、これはー、その!」
ストラゴスが慌てたように両手をバタバタさせていたが、やがて諦めたように深く息を吐いた。
「・・・どういうことだ」
ティナは驚いた。問いただしたのがロックではなくシャドウだったためだ。ストラゴスは悲しげな瞳でシャドウを見つめ返し、こう言った。
「ボニーはリルムの母親の兄なんじゃ・・・」
「・・・」
ボニーは少し思案するような仕草をして、懐から一枚の写真を取り出した。そう年は離れていない男女が写っている。片方はボニー。そしてもう片方は、癖のある銀髪を腰まで伸ばし、意地の悪そうに釣り上がった瞳を笑みで細める女性――これがおそらくボニーの妹で、リルムの母親なのだろう。どことなく雰囲気がボニーとリルムに似ていた。
「じゃあ、もしかして・・・」
「?なんだよティナ」
「・・・ボニーって、女の人みたいな名前だったから」
「そうじゃ。ボニーはリルムの母親の名前じゃ。そして本名は、」
ボニーが唇を動かした。ストラゴスの声と重なったそれは――『ビリー』だった。
「ビリー」
シャドウが呟くが、その声はあまりに小さく、誰も拾わなかった。
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