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性転換アビス2

中途半端。エンゲーブ話


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「ローズさん、大変だ!」
「ちょっと、離しなさいよ!レディに対して恥ずかしくないの!?」

ルークは困惑しながらも気丈にそう喚き散らした。エンゲーブの食料庫に食べ物がなくなっており、一度買い物を知らず林檎泥棒をしかけたルークは食料泥棒の犯人だと決めつけられてしまったのだ。男はルークのジャケットの襟をつかみ、乱暴に引きずっていく。

「こら!今軍のお偉いさんが来てるんだ。大人しくおしよ!」

小太りの中年女性が叱り飛ばす。しかしルークを連れてきた男たちはそうもいかなかった。ここ最近頻発していた食料泥棒の犯人を漸く見つけたと思い込んでいたのだ。

「大人しくしてらんねぇ!食料泥棒を捕まえたんだ!」
「だから、違うって言ってるでしょ!」

背丈の割に体重は軽いルークは、子猫のように首根っこを掴まれ吊るされる。ここまでひどい扱いはされたことがないとばかりに抵抗するが、普段農業で培われた筋力にお嬢様のルークは勝てなかった。

「ローズさん、こいつ漆黒の翼かもしれねぇ!」
「きっとこのところ頻繁に続いてる食料泥棒もこいつの仕業だ!」
「私は泥棒なんかじゃない!」
「申し訳ありませんが、離してあげてくれませんか。逃げはしませんから…」

今だ男に掴まれぶら下がるルークが流石に哀れに思えたのか、ティエリが眉を八の字にさせてそう告げる。男はふん、と鼻を鳴らしてルークを離した。

「とにかくみんな落ち着いとくれ」
「そうですよ、皆さん」

柔らかい女性の声が響いた。硬い革靴の音を立てて細身の女がこちらに歩いてくる。身を包む青い軍服は全体的に露出が少なく、タイトなスカートには深くスリットが刻まれているが長い脚は黒いタイツに覆われている。

髪型は所謂前下がりボブという奴だろうか。短い金褐色の頭髪に柔和な笑みを浮かべた面立ちは年齢不詳で、十代の学生にも、二十代後半の妙齢にも、三十代半ばのおばさんにも見える。銀色のセルフレームの眼鏡をなおす仕草は、どうにも艶っぽい。両目の赤い瞳が印象的だった。

「大佐……」
「私はマルクト帝国軍第三師団所属シェイラ・カーティスです。あなたは?」
「ルークよ。ルクレー「ルーク!!」な、なによ」

ティエリの唐突な大声にルークは目を瞬かせた。困惑するルークの肩をぐ、と掴み顔を耳に近づける。

「ここは敵国だ。君のお父様ファブレ公爵はマルクトにとって最大の仇。迂闊に名乗らないでくれ」
「あ、ええ、そうだったわ……ごめんなさい」
「わかったなら今度から気をつけてくれ」

そういえば家庭教師にそんなことを習った、と思い出したルークは素直に謝罪の言葉を出した。頷いたルークにティエリは重く息を吐く。心臓に悪い、と小さく呟いた彼にルークはさらに謝罪を重ねた。

「どうかしましたか?そんなに密着して」

シェイラが首を傾げる。わざとらしい言葉だ。少なくともティエリの動揺を誘うことができたらしく、彼はギョッとしてすぐ目の前にいるルークを見る。至近距離に迫っている端正な面立ちに、ティエリは目を剥いた。

「うぇ!?あ、いや、その、は、離れろルーク!」
「あなたが私の肩を掴んでるんじゃない」
「あ、は、そ、そうだった……」

これまで聞いたことのないような冷ややかなルークの台詞に、ティエリは漸く肩から手を離した。

「失礼しました、大佐」

僅かに頬に朱が差しているが、それには誰も指摘しなかった。

「彼女はルーク、自分はティエリ。ケセドニアへ行く途中でしたが、辻馬車を乗り間違えてここまで来ました」
「おや、ではあなたも漆黒の翼だと疑われている彼女の仲間ですか?」
「自分たちは漆黒の翼ではありません。本物の漆黒の翼は、マルクト軍がローテルロー橋の向こうへ追いつめていたはずですが」
「ああ……なるほど。あの辻馬車にあなたたちも乗っていたんですね」

あの辻馬車、というのは昨日ルークとティエリが乗った辻馬車の事だろう。
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