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火とん

クライドさんがミント(?)栽培に挑戦するの巻。勢いで書いたので変なところがあるかも

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寝座にしている空家の裏に小さな花壇があった。煉瓦に囲まれた黒土はほとんど乾燥しており、触れるとパリパリと崩れる。日陰に位置しているはずだが、ここ最近雨が降っていないのと、手入れをする者がいなかったせいだろう。本来あったであろう植物は萎びて原型がわからなかった。

ただ、一つを除けば。クライドは眉根を寄せた。乾燥しきった地面の中央に、ピン、と背を伸ばすふさふさとした植物が根を張っている。よく手入れされているようにも見えるが、やはり植物の周りの土は乾燥している。葉っぱの一枚をちぎって匂いを嗅いでいみると、どうやらミントの一種であることが園芸に疎いクライドでもわかった。気まぐれで頼んだカクテルに、同じような匂いの葉がついてきたのを思い出したのだ。

しかしミントというのはこんなにも生命力が強い植物なのだろうか。記憶の糸を手繰ってみる。酒場の女たちがそんな話をしていた気もするが、どうでもよさすぎてほとんど忘れた。クライドは、覚えていたら明日にでも尋ねてみようと思った。

風通しの悪い日陰の小さな花壇。まだ20歳にも届かない青年に見守られたミントは、長く伸びた蔓をピク、と動かした。



『ミントはね、日当たりがよくて風通しがいいところで育てるといいのよ』『日陰じゃあ育たないからね』『それから土は乾燥させちゃだめよ、大げさなくらい水をやるといいわ』『だいたいミントなんて放っときゃ勝手に育つのよ』『そうよ、育ちすぎて雑草と見間違えちゃうわ』『そうよねえ』『それにしてもクライド突然どうしたの?』――ここから先は女たちによるクライド弄りが始まったので割愛するが、彼女たちの言葉をまとめると、この小さな花壇は非常に条件の悪い位置にあった。

まずここは日陰だ。しかも目前にはコンクリートの家が迫っており、真上にはボロの空家のくせにしっかりした屋根のおかげで太陽の光をすっかり遮断している。しかも驚く程風通しが悪く、蒸し暑さすら感じる。土の乾燥は水をやりさえすればなんとかなるだろうが、こんな場所ではまともに育ちやしないだろう。前の住民が何を思ってこんな場所に花壇を作ったのか皆目見当もつかない。

ひとまずは生きている井戸から水を汲んで乾燥した土に水を浴びせると、土はスポンジのような勢いで水を吸った。心なしかミントの葉も艶がかっている気がする。流石にそれは気のせいだろうが、とクライドは思いつつ、花壇を後にした。

その日クライドは夢を見た。

薄暗い路地に蹲って、酷く喉が渇いていた。井戸はすぐ目の前にあるのに何故か足が石のように動かなくて、ただ喉の渇きに喘いでいた。誰にもこんな惨めな姿見られたくないと思う反面、誰かがここに来て井戸の水をくれれば良いのにと思った。頭を抱えて体をいっそう縮こまらせたとき、誰かの足音が聞こえてくる。顔を上げてキョロキョロと辺りを見渡すが、誰もいない。空耳か、と再び顔を伏せると、今度こそ誰かの足音が聞こえた。

そこで目が醒めた。喉は少しも乾いていない。蒸し暑さも感じない。護身にと寝る前に抱えていたナイフが何処へ消えていたので足元を探ると、硬い木製の柄が指先を掠める。黙って拾うと、クライドは漸く自分がらしくもなく熟睡していたことに気付いた。眠りは浅い方だし、世間一般的の「悪いこと」は一通りやっている身分なので、警戒を怠らないためにも熟睡はしないように「なって」いる。変だな、と首を傾げたが、同時にこんな日もあると思った。油断しすぎだが、肩に力を入れすぎても体に悪い。

なんとなくクライドは花壇のミントが気になった。寝起きゆえかフラフラとした足取りで空家の床を歩く。木の床は老化が激しく、以前に大量の水をぶちまけたのか、腐って今にも崩れそうな部分もあった。普段は踏み抜かないように注意して歩いているのだが、奇妙な夢をみたせいだろうか、クライドは少しもそんなことを気にしなかった。

玄関から回って裏まで行くのも面倒だったので、ほとんど窓の意味をなしていない窓から飛び降りる。花壇の土は昼に水をやったばかりだというのにすっかり乾いていた。訝しげに思いつつもクライドは井戸水を汲んで土に水をやる。するとやはり、土はスポンジのような勢いで水を吸う。

……何か妙である。ミントの葉は昼間より一層艶を増して青々としており、蔓は随分伸びているように見える。その強烈な違和感がクライドの頭に冷水を被せた。

クライドはその場を足早に去り、空家には戻らず町外れの古本屋に向かうことにした。



『こんな時間になんなんだ』と本屋の老人は口の端を曲げていたが、クライドがミントの話をすると小さな目を細めた。ただならぬ様子に首を傾げると、老人はただ一言『もうそれには近づくな』と言ってクライドを店から追い出した。

やはりアレはただの植物ではないらしい。物知りな老人はその正体をクライドの拙い説明で理解したらしかった。そうなると危機感よりも好奇心が勝るクライドは、老人の忠告を頭の端に追いやり、もう少しミントらしき植物の様子を見てみることにした。この男の残念なところは警戒しつつも好奇心に勝てないところである。

もう一度花壇に戻ってみると、植物は先程見たよりも地面に太く根を張っており、葉は厚く、蔓は更に長く伸びていた。土はやはり乾いていたので、クライドはまた井戸水を汲んだ。



一日中花壇に張り付いて様子を見るつもりもなく(何しろ風通しが悪くて暑いのだ)、その日は町の比較的出歩いても大丈夫そうな住宅街をフラフラと散策した。何かと追われる身のクライドだったが、いま寝座にしている町の人間は愛想は良いがよそ者に干渉する様子もなく、どちらかといえば一人の方が気が楽なクライドはこの町をそこそこ気に入っていた。敢えて問題点を上げるなら、どの飲食店の飯も味がイマイチなことくらいだ。焦げ目が多すぎるチキンや茹でてクタクタになったキャベツのサラダはクライドの口には合わなかった。

結局週に一度のペースで通っている酒場に行き着いたクライドは、待ってましたとばかりに集まってきた女たちに内心顔をしかめていた。クライド自身自分のトーク下手は理解している。ほとんど相槌しかしない男に何の用があるのか。それよりも、カウンターで店の親父とバカ笑いしながら賑やかに会話をしている男たちと一緒にいる方がずっと楽しいだろうにと思うのだ。結局顔か。顔なのか。

「そうだ、クライド。これ、うちのお店のライター、あげるわ」

どういう会話の流れでライターあげると言われたのかクライドは全く覚えていなかったが、貰えるものは貰っておく貧乏症だったので、ほぼ反射的に受け取った。この性分が原因でよくわからない薬やら明らかにゴミだろうというものまで受け取ってしまい途方に暮れる事が結構な頻度である。閑話休題。

ちびちびと酒を飲み、店の女たちと別れ(その際店の親父に睨まれた。睨み返した)空家に戻ってみると雰囲気が違うことに気づいた。こんなに植物の蔦が這っていただろうか。元々ボロなのにこれでは更にボロく見える――。

そこまで考えてクライドはあ、と小さく声を漏らした。小走りに家の裏へ向かおうとすると、植物の蔓が進行を邪魔する。少し気が引けつつも、丁度貰ったばかりのライターで所々蔓を焼きながら、やっとの思いで花壇へ、いや、花壇のあった場所に着いた。大きな影はクライドの背を余裕で超えている。

「テラリウム、だったか?」

そんなモンスターいたな、とのんびり呟く。太い根を生やし、ツルツルとした紫色の蔓の先からは毒々しい汁が地面に落ちてはじゅうじゅうと音を立てている。青々とした葉は全て散っており、乾燥した地面に枯葉の如く落ちている。花壇を巣食っていたのはただの植物ではなく、テラリウムと呼ばれる植物系モンスターの幼体だったのだろう。そういえばテラリウムは水を吸収するモンスターだ。長い間乾燥された地面にいた反動で、少量の水でも多過ぎるほどの養分に変えてしまったのだろう。

植物の蔓がクライドの迫る。慌てて後退りをするが、すぐ真後ろをテラリウムの蔓が囲んでいた。何か対処しなければ、捕食されるだろう。――このクライドが?植物ごときに?――クライドはライターの火を点けた。心許ない火だ。こんな火ではモンスターを倒すのは不可能だろう。なにか燃やすものはないだろうか、と辺りを見渡すが、生憎と薪の類はない。あるのは湿った木板くらいだ。空家とはいえ家一軒燃やすわけにもいかない。

足元に、一枚の葉が落ちた。青々としたそれはテラリウムの大きな肢体から落ちたものだ。クライドは迷わず葉に火を点けた。そうだ、テラリウムの足元(と言うべきなのか?)には大量の葉がある。火の点いた葉はクライドの思った以上によく燃えた。燃える葉を正確に投げ、様子を見ると、火の回りはやはり早い。テラリウムの弱点が炎だからだろう。小さな火は炎に変わり、テラリウムを徐々に燃やしていく。

クライドは黙って燃えるモンスターを眺めた。


結果を言えばモンスターは完璧に消滅した。しかしその後他の家に火が燃え移り、住民たちが騒ぎ出したのを皮切りにクライドは足早に町を去った。消火をしようとは思わなかった。あの辺りは皆空家ばかりで、自分以外の人間がいないのは確認済みだったし、何よりその場にいていらぬ誤解を受けるのは真っ平だ。警官の目が怖かったのもある。

とりあえずクライドは、次の町では絶対に「火とん」を買うと決めた。
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